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かつてUAEからオマーンへ向かう隊商ルートにおいて、緑の生い茂る重要なオアシスだったアルアイン(Al Ain)。その名は「泉」を意味し、エミレーツの緑あふれる伝統的な庭園都市として知られています。また、世界で最も古くから定住が続いている地の一つであり、ユネスコ世界遺産の遺跡もあります。

ユネスコ世界文化遺産に登録されたアルアインの遺跡には、6つのアルアイン・オアシスに加え、ビダー・ビント・サウド(Bida bint Saud)、ジェべルハフィート(Jebel Hafit)、ヒリ(Hili)といった考古学的に貴重な遺跡もあります。これらの壮大な遺跡は、新石器時代からこの砂漠地帯で営まれてきた人類の暮らしや先史時代の文化を物語り、訪れる人々をまるで過去へと誘うかのようです。

ビダー・ビント・サウド

アルアインの北には、砂漠と周囲の農地の中にそびえ立つ、ひときわ目を引く巨大な成層岩、ガーン・ビント・サウド(Gharn bint Saud)があります。この岩の頂上では、古代の石造りの墓がいくつも発掘されました。最も大きな墓は長方形で、長さ8メートル、幅6メートルに及びます。一部の墓は約5,000年前にさかのぼると考えられていますが、多くは青銅器時代から鉄器時代にかけて再利用されていました。 

ビダー・ビント・サウド

この地域での発掘調査により、両刃の剣を含む多くの工芸品が発見されました。また、ガーン・ビント・サウド(Gharn bint Saud)から西へ1,500メートルの地点では、3,000年前のファラジ(古代の灌がいシステム)も見つかっています。この驚くべき技術は、この地域の人々が地下深くから水を引き上げる知恵を持っていたことを示しています。このファラジに加え、ヒリ考古学公園(Hili Archaeological Park)やUAEおよびオマーン各地で灌漑施設が発見されており、これらは現在、この灌漑技術が世界中で広く利用されていたことを示す世界最古の証拠とされています。このファラジの近くでは、約3,000年前に建てられた泥レンガ造りの大きな建物が発見され、中央の部屋には柱の基礎が残されていました。これらの遺跡からは、ビダー・ビント・サウド地域、そしてアルアイン全体が、アブダビ東部地域の発展において重要な拠点であったことがわかります。

ヒリ考古学公園

ヒリ考古学遺跡(Hili Archaeological Site)では、アラブ首長国連邦における最古の農村の証拠が確認されているだけでなく、青銅器時代(紀元前3200年~紀元前1300年)と鉄器時代(紀元前1300年~紀元前300年)の農村跡や埋葬地、農業インフラも発見されています。初期の農村はヒリ遺跡8(Hili Site 8)に位置し、その起源は紀元前3000年にさかのぼります。紀元前2500年から紀元前2000年にかけて、ヒリでは定住が広がっていきました。

ヒリ考古学公園

この文明の遺物が初めて発見されたアブダビ沿岸沖の島にちなんで、この時代はウンム・アン=ナール期と呼ばれています。この時代におけるUAE最大の墓や建造物群はヒリに位置しています。青銅器時代の数々の建造物はヒリ考古学公園(Hili Archaeological Park)にあり、一般に公開されています。ヒリは、海に覆われていた何千年も前の時代のさまざまな化石が多く見られる化石の谷(Fossil Valley)の近くに位置しています。

ジェベルハフィート遺墓群

ジェベル・ハフィート遺墓群が築かれた5,000年前は、UAEにおける青銅器時代の始まりにあたります。1959年、デンマークの考古学者による発掘調査で、これらの墓から陶器の器や銅製の工芸品が発見されました。これらは、アラビア湾における海上交易の重要性を示しています。墓はすべて単室構造で、地元の未加工または粗く切り出された石が使用されています。これらの墓は、先ほどご紹介した、後のウンム・アン=ナール期の墓とは異なります。ウンム・アン=ナール期の墓は、精巧に切り出された石材で作られ、数百人分の遺骨が納められています。

ジェベルハフィート遺墓群